(注) ※軽川 ・・・・ 手稲のむかしのなまえです。
| 西 暦 | 元 号 | 手稲前田の周辺の出来事 | 学校の歴史 |
| 1000万年前 | ◆前田一帯は海の底であったと考えられる。 | ||
| 100万年前頃 | ◆氷河期 陸地が広がる。 | ||
| 4000〜3000年前頃 | ◆竪穴式住居に石器や土器を使う人が住む(手稲遺跡) | ||
| 2000年前頃 | ◆稲作はできず、狩猟・漁労・採集の生活。(続縄文時代) | ||
| 1858 | 安政5 | ◆松浦武四郎、虻田〜定山渓〜札幌〜発寒〜銭函〜石狩の途中前田地区を通る。 | |
| 1866 | 慶応2 | ◆中田儀右衛門、上手稲で開墾していた。 | |
| 1871 | 明治4 | ◆字星置を発寒村に属す。 ◆開拓使は通行屋をサンタロベツに設ける。 |
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| 1872 | 明治5 | ◆発寒村を割り、手稲村に属す。 ◆仙台白石藩の人々が上手稲に移住した。 |
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| 1874 | 明治7 | ◆手稲村を上手稲、下手稲の両村に分ける。 | |
| 1880 | 明治13 | ◆手宮〜札幌間の鉄道ができる。 | 上手稲小学校ができる。 |
| 1881 | 明治14 | ◆軽川駐車場(今の手稲駅)ができる。 | |
| 1882 | 明治15 | ◆前田家臣、起業社を岩内郡に設ける。 ◆大字3村となる。 ◆山口を中心にバッタの飛来(15年〜16年)。 |
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| 1884 | 明治17 | 下手稲小学校(今の手稲中央小ができる。勉強する期間は3年間であった。) | |
| 1886 | 明治19 | ◆新 川を開鑿の計画が立てられる。 | |
| 1887 | 明治20 | ◆囚人たちがモッコやクワなどで新川を掘り始める。(1年半くらいかけて完成)排水が進み、土地改良が進む。 | |
| 1888 | 明治21 | ◆3月、堀基が篠路村茨戸を中心に、農 場を創業する。 | |
| 1894 | 明治27 | ◆堀基→藤波言忠、前田清照→前田利嗣が農場を譲りうける。7月には、前田家に売却されて、前田農場が創立される。 | |
| 1895 | 明治28 | ◆前田農場が軽川の森本義質氏の農場を譲りうけ、篠路を本場として、軽川に農場をもつ。 | |
| 1896 | 明治29 | ◆前田農場の軽川支場が発足。 ◆手稲山火事。 |
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| 1897 | 明治30 | ◆前田農場を前田家一般の経済からきりはなし、農場独立の経営とする。 | |
| 1898 | 明治31 | ◆洪水で三樽別川の橋がこわれ、2.30戸の家に被害。(9月7日) ◆北海道造林合資会社創立 |
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| 1899 | 明治32 | ◆前田農場は、軽川支場のとなりの佐藤氏所有の土地を購入する。 | |
| 1900 | 明治33 | ◆農場主、前田利嗣死去(43歳)し、利為が後をつぐ。 | |
| 1901 | 明治34 | ◆前田農場、軽川南方の勝山孝三氏所有地の山地を譲り受け牧場や植林地にする。 ◆新川近くの前田農場倉庫を改装し、下手稲小学校の分教場として、新川簡易教育所ができる。 |
新川簡易教育所ができる |
| 1903 | 明治36 | ◆稲積(豊次郎)農場できる。 | |
| 1904 | 明治37 | ◆本間(長助)農場できる。 ◆下手稲小学校校舎新築。 |
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| 1905 | 明治38 | ◆下手稲小学校校舎火事のため全焼。 | |
| 1906 | 明治39 | ◆前田農場、それまで本場であった茨戸がひんぱんに石狩川のはんらんで水害にあい、軽川を本場とし、茨戸を支場とする。 ◆軽川に大火事があった。 |
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| 1907 | 明治40 | ◆前田農場が手稲山に造林事業を開始する。 | |
| 1908 | 明治41 | ◆前田に興農園(小川二郎)を創設する。 ◆陸軍糧秣本廠札幌派出所ができる。 ◆明治41年(1908)創業15年を迎えた前田農場は総面積2,006ヘクタール(開設当時の6倍半)に広がる。軽川本場は、1,673ヘクタール(現在の新千歳空港とほぼ同じ広さ) ◆小学校6年間の義務教育開始。下手稲小学校から、下手稲尋常小学校となる。 |
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| 1910 | 明治43 | ◆下手稲尋常小学校に高等科(2年)ができる。 | |
| 1911 | 明治44 | ◆東宮殿下(後の大正天皇)、前田農場に行啓になる。 | |
| 1912 | 明治45 | ◆日本石油北海道製油所が今の手稲駅北口付近にできる。 | |
| 1917 | 大正6 | ◆極東煉乳株式会社(後の明治乳業)創立。 | |
| 1918 | 大正7 | ◆極東煉乳株式会社が、興農園の経営を譲り受ける。 | |
| 1921 | 大正10 | ◆下手稲土功組合設立(大正11〜14竣功)。 ◆軽石軌道株式会社設立(会社定款による)。 |
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| 1922 | 大正11 | ◆手稲(軽川)-石狩(花畔)間に馬車鉄道が開業する(軽石軌道)。 | |
| 1926 | 昭和元年 | ◆北海道造林合資会社、事業地に北大スキー部のヒュッテ建設承認。 | |
| 1929 | 昭和4年 | ◆下手稲尋常小学校が火事になる。下手稲尋常小学校が軽川尋常小学校となる。 | |
| 1930 | 昭和5年 | ◆下手稲尋常小学校校舎新築。 | |
| 1932 | 昭和7年 | ◆現在の曙のあたりに飛行場(北日本飛行学校)ができる。 | |
| 1934 | 昭和9年 | ◆札樽間省営バス営業開始。 ◆軽川駅(今の手稲駅)改築。 |
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| 1935 | 昭和10年 | ◆手稲鉱山が盛んになった。 ◆三菱金属株式会社が北海道造林会社の土地の一部を買収。 ◆前田農場のすべての小作地売却が終了。以後、種苗植林を重点とした山林経営に専念 |
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| 1936 | 昭和11年 | ◆自作農記念碑建立。 ◆馬車鉄道廃止。 |
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| 1937 | 昭和12年 | ◆三菱金属株式会社が、前田農場の山林買収。 | |
| 1938 | 昭和13年 | ◆2月,前田農場が廃止し、軽川詰所に改められる。 | |
| 1940 | 昭和15年 | ◆極東煉乳株式会社が明治乳業株式会社と改称する。 | |
| 1941 | 昭和16年 | ◆軽川尋常小学校が軽川国民学校になる。 | |
| 1942 | 昭和17年 | ◆前田利為(58歳)戦死。 ◆手稲の地に前田の地名が定められる。 |
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| 1945 | 昭和20年 | ◆拓北農兵隊入植する。 ◆日本石油に米軍機が爆弾を投下する。(手稲の空襲) ◆終戦。 |
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| 1947 | 昭和22年 | ◆公選による初の村長に蓑輪早三郎がなる。 ◆軽川国民学校から軽川小学校に名前が変わる。 |
手稲中学校、軽川小学校内に設置。 |
| 1948 | 昭和23年 | ◆農業共同組合ができる。 | |
| 1950 | 昭和25年 | ◆11月に水害がある。 | |
| 1951 | 昭和26年 | ◆手稲村から手稲町になる。初代町長蓑輪早三郎。 ◆稲山通(現在の前田小学校のすぐ前の通り)開通。稲積と山口地区を結んだ。 |
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| 1952 | 昭和27年 | ◆軽川酪農共同組合ができる。 ◆軽川小学校から、手稲町立中央小学校と名前が変わる。 |
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| 1953 | 昭和28年 | ◆国道5号線の舗装される。 | |
| 1954 | 昭和29年 | ◆手稲遺跡発掘。 | |
| 1955 | 昭和30年 | ◆手稲初の水道工事が始められた。 | |
| 1956 | 昭和31年 | ◆水害 | |
| 1957 | 昭和32年 | ◆手稲山 山頂にテレビ塔ができる。 | |
| 1959 | 昭和34年 | ◆手稲駅の近くに三楽オーシャン(現西友付近)ができる。 | |
| 1961 | 昭和36年 | ◆水害 | |
| 1962 | 昭和37年 | ◆水害 | |
| 1963 | 昭和38年 | ◆手稲町公民館ができる。 ◆手稲町の人口が2万人を超える。 |
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| 1965 | 昭和40年 | ◆テイネオリンピア開園。 ◆国鉄(今のJR)手稲車両区ができる。 ◆新川中央橋ができる。 ◆中央小学校から、268名の子供たちがうつり、7学級で、手稲鉄北小学校が開校する。 ◆水害(9月18日)前田西地区、台風23,24号により、新川が逆流して、人々が避難する。 |
手稲鉄北小学校開校。 |
| 1966 | 昭和41年 | ◆手稲工業団地づくりがはじまる。 | 手稲中央幼稚園開園。 |
| 1967 | 昭和42年 | ◆手稲町が札幌市に編入される(3月)。 ◆北海道工業大学ができる。 |
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| 1968 | 昭和43年 | ◆手稲山口にバッタ塚ができる。 | |
| 1969 | 昭和44年 | ◆新川地区の稲作が、この年で終わりになる。 | |
| 1971 | 昭和46年 | ◆札樽自動車道(札樽バイパス)ができる。 ◆手稲鉱山が閉山になる。 |
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| 1972 | 昭和47年 | ◆札幌市政令指定都市移行。 ◆区制施行(西区役所・手稲出張所 全市7区) ◆冬季オリンピック札幌大会が手稲山を会場に開かれる。 |
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| 1973 | 昭和48年 | ◆N309遺跡(前田)発掘開始。 | |
| 1974 | 昭和49年 | ◆手稲中継ポンプ場ができる。(4月) | 道立手稲高校北高敷地に開校。 |
| 1975 | 昭和50年 | ◆前田地区シーアアイタウン・ゆたか東・りょくえん地区などに家がふえはじめる。 ◆手稲鉄北小学校から、山口地区の子供たちが手稲山口小学校にうつり開校する。 ◆山口すいかの呼び名が「サッポロスイカ」に変わる。 |
手稲山口小学校開校。 |
| 1976 | 昭和51年 | ◆軽川の改修工事終了。 | 道立手稲高校現在地へ新校舎引越。 |
| 1977 | 昭和52年 | ◆前田森林公園の造成が始まる。 ◆ホクレンショップできる。 ◆道相銀(現北海道銀行)あけぼの支店開店。 |
稲陵中学校開校。 |
| 1978 | 昭和53年 | ◆手稲鉄北小学校から、前田地区の子供たち632名がうつり、17学級で、前田小学校が開校する。 | 前田小学校(母体校)開校。 富丘小学校開校。 |
| 1979 | 昭和54年 | ◆下手稲通開道(札幌都心と前田地区が結ばれた)。下手稲橋と共栄橋も開通。 ◆西友手稲店できる。(現在地より西側) |
道立星置養護学校が開校する。 |
| 1980 | 昭和55年 | ◆手稲稲積公園オープン。 ◆西区体育館できる。 ◆前田警察官派出所ができる。 |
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| 1981 | 昭和56年 | 前田北小学校開校。 | |
| 1982 | 昭和57年 | ◆手稲駅北口できる。 ◆手稲山口に札幌運転免許試験場が移る(平岸より)。 ◆ていねプール完成(七月)。 |
前田中学校開校。 |
| 1983 | 昭和58年 | ◆山口に道立稲北高校と道立稲西高校、開校。 ◆前田消防出張所完成。 |
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| 1984 | 昭和59年 | ◆札幌稲雲高校開校。 | |
| 1985 | 昭和60年 | ◆国鉄星置駅開業。 ◆江守記念星置スケート場できる。 |
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| 1986 | 昭和61年 | ◆国鉄琴似駅−手稲駅間に、発寒中央駅、発寒駅、稲積公園駅が開業。 | 前田中央小学校(本校)開校。 |
| 1987 | 昭和62年 | ◆国鉄分割民営化。JRへ。 ◆曙図書館オープン。 |
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| 1988 | 昭和63年 | ||
| 1989 | 平成元年 | ◆人口の増加に伴い西区から分区し手稲区誕生。 | |
| 1990 | 平成2年 | 西宮の沢小学校開校。 | |
| 1991 | 平成3年 | ◆軽川桜づつみ完成(平成元年建設省直轄事業にも指定される)。 | 稲穂中学校開校。 新陵東小学校開校。 前田中央小学校5周年 |
| 1992 | 平成4年 | ◆前田森林公園完成。 ◆市営住宅稲穂団地全棟完成。 ◆市営住宅前田公園団地全棟完成。 ◆軽川緑地(軽川桜づつみ)供用開始。 |
新陵中学校開校。 9月から学校週5日制開始 (毎月第2土曜日休業) |
| 1993 | 平成5年 | ◆北1条・宮の沢通全面開通。 | 星置東小学校開校。 |
| 1994 | 平成6年 | ◆前田森林公園橋完成。 ◆手稲曙温水プールオープン。 |
前田北中学校開校。 |
| 1995 | 平成7年 | ◆下手稲通(曙通り-曲長通)全線開通。 ◆JRほしみ駅開業。 |
学校週5日制 (毎月第2・4土曜日休業) |
| 1996 | 平成8年 | ◆追分通手稲区内全面開通。 | 手稲鉄北小学校改築完成。 前田中央小学校10周年 |
| 1997 | 平成9年 | ||
| 1998 | 平成10年 | 札幌高等養護学校開校。 | |
| 1999 | 平成11年 | ◆星置こ線橋開通。 ◆二十四軒・手稲通全線開通。 |
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| 2002 | 平成14年 | 完全学校週5日制実施 | |
| 2006 | 平成18年 | 前田中央小学校20周年 | |
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